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東京高等裁判所 昭和43年(く)6号 決定

一、本件抗告の理由は、弁護人岡部勇二(以下単に弁護人と称する)の抗告申立書に記載されたとおりであつて、その要旨は、

原裁判所は、本件保釈保証金の没取決定をなすにあたり、検察官、弁護人、及び被告人の陳述を聴かないで、保証金三〇万円(弁護人の金一五万円に関する保証書の分を含む)全部を没取することとしたが、右没取決定は刑事訴訟法第九二条に違反するのみならず、憲法第二九条第一項及び第三一条に違反するから、これを取り消すべきである。

というのであり、さらにこれを敷衍して一ないし一四の項目に分ち詳しい論述を掲げているので、これらに対し順次当裁判所の判断を示すこととする。

二、先ず、取寄にかかる関係記録の各写について調査すると、抗告人である被告人大内正守(以下単に被告人と称する)は原裁判所の昭和四〇年一一月一七日付保釈許可決定(その際右弁護人は被告人の妻大内八重子と連名で身柄引受書を提出し且つ保証金三〇万円のうち一五万円につき弁護人単独名義の保証書を差し入れている)により同月二五日以来釈放されていたが、昭和四一年九月二一日の第三回公判期日に召喚を受けながら出頭せず、右不出頭に関する原裁判所の照会に対し、弁護人は同年一〇月一二日付書面をもつて「(一)被告人大内とは去る九月二一日以前である九月一五日から何の連絡もとることができないでいる、(二)被告人の病状については何も判らない、(三)診断書は弁護人のところにも送付されていない、(四)被告人は制限住居にいない、入院しているかどうかも不明である、保釈制限住居以外に居住しているが、その所在地を知らない、(五)制限住居に居住している家族とは連絡していたが、九月二一日からは連絡をとることができないでいる、なお近く住居を訪ねてみる予定でいる、(六)次回公判期日に被告人が出廷するかどうかは不明である」旨の回答をなしていたところ、同年一一月四日の第四回公判期日にも被告人は召喚を受けながら出頭しなかつたので、原裁判所は、同日付をもつて、右は刑事訴訟法第九六条第一項第一号第二号第五号に触れるとの理由により、保釈を取り消し且つ保証金全部(保証書の分を含む)を没取する旨の決定をしたことが明らかである。

三、ところで、所論の一は「被告人が刑事訴訟法第九六条第一項第一号第二号第五号の全部に違反した事実はない」旨非難するが、被告人の前記不出頭が同条項第一号に該当することは記録上明らかであり、同条項第二号第五号に触れることも弁護人の右回答書の記載内容に徴して明らかなところであるから、右非難は全く当らないものというべきである。

四、次に、所論の二及び三は「右第四回公判の際検察官は追起訴がある旨申し立てたため、次回公判期日は追つて指定されることとなつたところ、右追起訴は漸く翌昭和四二年六月二九日に至つてなされたものであり、被告人はこの間同年二月二日前記保釈取消決定により収監され、弁護人は同月四日付上申書をもつて直ちに原裁判所に右収監のことを報告しているので、被告人に対する裁判は実質的に遅延しなかつたことになるから、このような場合、保釈を取り消すことはできるとしても、保証金の全部特に弁護人の差し出した保証書の分まで没取することは違法である」というのであつて、右所論のような事実の経過を辿つていることは記録上(右二月四日付上申書は当庁第八刑事部に抗告事件として係属している鈴木公玄等に対する公正証書原本不実記載等の被告事件記録第五冊中に編綴してある)ほぼ明らかなところである。しかし、被告人の身柄等を確保しようとする保釈保証金制度の趣旨にかんがみ、被告人が召喚を受けて出頭せず或いはその逃亡ないしそれを疑うに足りる相当な事由が生じたときは訴訟遅延を来したかどうかに拘りなく保釈を取り消し且つ保証金を没取することができる筋合であるのみならず、原審第三回公判調書写の記載によつて明らかなとおり先に昭和四〇年一一月二日に起訴された公正証書原本不実記載同行使詐欺被告事件につき同公判期日に証人吉竜子を取調べることになつていたのに、被告人及び同証人の不出頭のため右取調を行なうことができず、同第四回公判期日にも被告人の不出頭のため同被告人の関係において右取調を行なうことができなかつたことが窺われるので、その後の追起訴が何時なされたかを問わず、少くとも右昭和四〇年一一月二日起訴にかかる被告事件の関係においては被告人の不出頭により実質的にも訴訟が遅延したものというべく、右いずれの点からみても原決定が違法であるとは認められない。従つて右各所論も理由がない。

五、次に所論の四ないし七は「弁護人は被告人の出頭を確保するため最善の努力をして来たのに、原裁判所が検察官及び弁護人の意見を聴かないで保釈を取り消したうえ保証金を没取する決定をしたのは、刑事訴訟法第九二条第二項に違反し、又同法第一二三条、第一二四条、第二九一条の二、刑事訴訟規則第二八六条等に現われている法の精神にも合致しないものであり、現に東京高等裁判所第六刑事部の取扱いや東京地方裁判所刑事第一二部の処理方針とも異なるものであるから、明らかに違法であるというのである。所論の冒頭に主張する如く弁護人が被告人の出頭確保のため最善の努力をしたかどうかについては後で考察することとし、その余の所論について検討すると、凡そ裁判所の決定は、刑事訴訟規則第三三条第一項が明言しているとおり、申立により公判廷でするとき又は公判廷における申立によりするときを除き、特別の定めがない限り、訴訟関係人の陳述を聴かないでこれをすることができることになつているのであるから、所論引用の刑事訴訟法第一二三条、第一二四条、第二九一条の二、刑事訴訟規則第二八六条等の如く訴訟関係人の意見を聴くべき旨の特別の定めのない同法第九六条第一項及び第二項(保釈の取消及び保証金の没取)の場合には、法律上必ずしも検察官及び弁護人の意見を聴かなければならぬわけのものではなく、従つて、原裁判所が職権で本件保釈を取り消し且つ保証金を没取するについて検察官及び弁護人の意見を聴かなかつたとしても、これをもつて所論のように違法の措置であるとはなし難い。尤も弁護人提出の資料によれば当高等裁判所第六刑事部においては保釈取消につき弁護人らの意見を聴く取扱いをしているようであるが、上述の如く法は必ずしもそこまで要求しているわけではないのみならず、本件の場合、原裁判所は右第三回公判期日における被告人の不出頭に関し弁護人に照会を発してこれに対する回答を徴し、さらに第四回公判期日において被告人の不出頭という事実があつた後はじめて保釈取消及び保証金没取の決定をしているのであるから、ある程度意見聴取に近い手続を履み少くとも刑事訴訟法第四三条第三項の事実取調の資料を得ているものというべく、更に弁護人らの意見を聴取しなかつたからといつて原決定を違法なものと目することはできない。又弁護人提出の資料から窺われるとおり東京地方裁判所刑事第一二部が被告人に対する詐欺等の事件において数回の不出頭にも拘らず保釈取消をしなかつたからといつて、これが、事件の内容及び訴訟進行の状況段階等を異にする本件につき原裁判所がなした保釈取消及び保証金没取決定の合法性に何ら影響を及ぼすべき筋合いものではない。従つて右各所論も理由がない。

六、次に所論の八及び一一は「国民の財産権の強制徴収である罰金、科料については証拠に基づき口頭弁論を開いて慎重に裁判されており、又行政罰である過料についても非訟事件手続法第二〇七条第二項により裁判をなす前に当事者の陳述を聴かねばならぬことになつているのに、刑法所定の罰金の最高額よりも多額である金三〇万円という本件保証金を訴訟関係人の陳述も聴かず被告人不出頭の理由を取り調べもしないで没取した原決定は違法であるというのである。しかし、保釈保証金及びその没取の制度は、刑罰の一種である罰金或いは科料又は行政罰の一種である過料と異なり、裁判所が純粋に第三者の立場から事実の存否を確定したうえこれに対する制裁として新たに納付を命ずるものではなく、裁判所又は裁判官が既に起訴又は立件された事件につき勾留されている被告人の保釈を許すにあたり、そのすでに知得している犯罪事実の概要及び被告人の弁解等諸般の事情を勘案して、予め現金又はこれに代るべき有価証券或いは保証書を納付又は提出させて置き、被告人の不出頭等特定の事由が発生したときは保釈を取り消すと同時に右現金等を国庫に帰属させ或いは保証書記載の金額につき強制執行をなし得ることとし、もつて被告人に心理的な強制を加えることによりその出頭を確保し或いはその逃亡等を防止しようとする趣旨のものであつて、右制度を実効あらしめるためには右没取が簡易迅速に断行されることを必要とし、法律上必ずしも上述の罰金、科料又は過料の場合のような厳格な手続を履むことを要求されていないのであるから、原裁判所が本件保釈保証金を没取するにあたり改めて訴訟関係人の陳述を聴かなかつたからといつて、刑事訴訟法における当事者主義の原則や憲法第二九条第一項、第三一条の趣旨に違反するものということは適当でない。所論は、罰金、科料又は過料と保釈保証金及びその没取の制度との根本的な差異につき十分な認識を欠くものであつて、たやすく受け容れることができない。なお、本件における被告人不出頭の理由については、前記のような原裁判所の照会に対する弁護人の回答書によつてその事情を知ることができるから、原裁判所が右不出頭の理由を取り調べもしないで保証金を没取したとなす所論も当らないものというべきである。従つて右各所論も理由がない。

七、次に所論の九及び一〇は「保釈保証金の没取は、刑罰のように厳格なものではなく、被告人が裁判の進行を阻害したという公法上の非違と被告人らから保証金を強制徴取することについての法律的、社会的、経済的な価値判断とを、基本的人権の尊重という憲法及び刑事訴訟法の精神に照らしつつ比較衡量し、裁判慣行と良識に従つて、必要最小限度の範囲内でなされるべきであるのに、本件における被告人の二回にわたる公判不出頭と保証金三〇万円の没取とが同等の評価を受ける関係にあるものとは認め難く、原裁判所が安易に保証金三〇万円の全額を没取したのは違法である」というのである。しかし、保釈保証金の没取が刑罰ではなく従つてその手続が刑罰のように厳格であることを要しないことは所論のとおりであるにせよ、前述したような被告人の出頭確保或いは逃亡防止等という保釈保証金制度の根本目的に照らし、その保証金額の決定については刑事訴訟法第九三条第二項にいうとおり犯罪の性質及び情状(殊に財産犯においては被害額)等が考慮せらるべきであり、そして被告人の不出頭或いは逃亡若しくはその疑い等という事態を生じた場合はその事情如何に応じ当初の警告どおり保証金の全部又は一部の没取を行なわなければ右保釈保証金制度の実効を期し難いところ、本件は被告人が他三名と共謀のうえ公正証書原本不実記載、同行使及び詐欺をしたという事案でありその被害金額も一、〇〇〇万円という多額に上つているので、被告人の資産状態等を斟酌しても金三〇万円という保釈保証金の額は過大に失するものではなく、そして記録上明らかなように証拠調が始まろうとする段階において被告人が正当な理由なくして公判期日に二回出頭しなかつた以上、右保証金を没取することは、その全部を没取すべきや、又はその一部に止むべきやは、暫く措き法律上も実際上も必要な措置と認められるのであつて、所論のように原裁判所の右措置をもつて違法のものであるということはできない。

八、所論の一二及び一三は「刑事訴訟法第九六条第一項による保釈の取消は訴訟手続を正常に運行させることを目的とする将来に対する措置であるのに対し、同条第二項による保証金の没取は過去の保釈条件違反に対する制裁であり、両者その性質を異にするものであつて、前者はいわゆる自由裁量処分に属し後者は法規裁量処分に属するから、後者は特に慎重に行なわれることを要するのに、本件のように金三〇万円という弁護人又は被告人の六ケ月間の生活費に相当する金額を二回の公判不出頭に対する制裁として没取することは相当でない」というのである。しかし、右第九六条第一項による保釈の取消と同条第二項による保証金の没取とがその性質を異にすることは所論のとおりであるとしても、一方を自由裁量処分、他方を法規裁量処分としかく明確に区別出来るほどの差異はなく、又本件において保釈保証金を没取すべき法律上及び実際上の理由が十分に具わつていたことは前段に説示したとおりであるから、原裁判所がこれを没取したことそれ自体は違法不当なものということができない。ただその没取金額の当否については、所論で言及しているように罰金、科料の場合における換刑処分としての労役場留置期間の定め方等を参考基準とすべきものではないが、なお別に考慮する余地があると認められることは前段説示のとおりであるから、後で考察することとする。

九、所論の一四は「弁護人は、被告人の不出頭により裁判が遅滞した事実を認め、昭和四二年二月七日付の公判期日指定申立書をもつて次回公判期日の指定を求めたのに、原裁判所は多忙の故をもつてその後約一〇ケ月の間公判期日の指定をしなかつたものであり、結局原裁判所は被告人の不出頭に対しては厳しい制裁を科するが自己の職務執行については身柄拘束中の被告人の利益すら考慮しないという結果になつているのであつて、被告人のわずか二回の公判不出頭という非違は裁判所が一〇ケ月もの間公判期日を指定しなかつたという落度により治癒されたものというべく、従つて、本件保証金を没取した原決定は、事情変更の原則により、取り消されるべきものである」というのである。そこで記録について調査すると、被告人は本件保釈取消決定により昭和四二年二月二二日東京拘置所に収監され、弁護人はこの間同年二月七日付書面をもつて公判期日の指定を求めたのに対し、原裁判所が次回(第五回)公判期日としてその後約八ケ月余を経た同年一〇月二六日を指定し、それ迄の間訴訟が進行しなかつたことは、所論指摘のとおりであり、右遅延は裁判所側の事情(裁判所構成員全部の更迭を含む)によるものと推測されるが、だからといつて被告人の二回(第三回及び第四回各公判)にわたる不出頭及び逃亡(少くとも十分な逃亡の疑)並びに住居制限違反という非違が完全に治癒されるわけのものでなく、従つて所論をそのまま受け容れることはできない。

一〇、以上各方面から考察したとおり、本件保証金没取決定は違法ではないが、その没取金額の当否についてはなお検討の余地があると認められるので、この点につき考察を加えることとする。

先ず被告人自身の行動についていえば、同人は召喚を受けながら正当の理由なくして公判期日に出頭しないこと二回に及び、所論のように債権者から酷しい督促を受けて所在を明らかにし難い事情があつたにせよ保釈条件に違背し裁判所に無届でその制限住居を離れて逃亡或いはその疑のある状態を現出したのであるから、被告人に関する限り没取金額の決定上斟酌すべき特段の事情は存しないものというべきである。次に保証金に代る保証書を差し入れた弁護人についていえば、前記昭和四一年一〇月一二日付回答書の(一)によると、弁護人は、同年九月一五日以降被告人と連絡がとれなくなつたというのであるから、直ちにその旨裁判所に通報し被告人の身柄保証につき責任を負い難い状態になつたことを説明して保釈取消を促がす等の措置に出でるべきであつたのに記録上そのような事跡が窺われず、又同回答書の(五)によると、近く被告人の住居を訪ねてみる予定である旨言明しており、しかも弁護人の昭和四二年五月二五日付「照会に対する回答の訂正」と題する書面(前記回答書の表現上の訂正をしたもの)と照らし合わせると、右言明は「被告人とその妻との連絡が昭和四一年九月二一日以降絶えている」ことを知りながらなされたものと認められるのに、右住居訪問を実行せず(なおそのことを裁判所に報告もしていない)その理由として当裁判所に対する昭和四三年三月一日付上申書の弁明するところは、右九月二一日以降被告人から連絡が絶えている旨の被告人の妻の言葉を信用したからというのであつて、すでに右連絡途絶のことを承知の上でなされた前記言明の不実行の理由としては到底納得し難く、その身柄確保のため最善の努力を尽したものと認めることはできない。従つて、右保証書を差し入れた弁護人としても、その保証書の少くとも一部の金額について没取を受けることはやむを得ないところというべきである。他面、原裁判所が、前記の如く折角保釈を取り消して被告人の身柄を確保するに至りながら、裁判官の更迭等という事情が介在したとはいえ、被告人の収監後八ケ月余を経て漸く次回公判を開廷する運びになつたことは、所論のように被告人の不出頭等による訴訟遅延の実害を治癒ないし緩和するものではないとしても、右不出頭等に対する制裁としての保証金没取の額を裁定するについては、これを全然考慮の外に置くわけにもいかないであろう。

右諸般の事情を考え合わせると、本件保証金三〇万円の全部を没取することは相当でないと認められるので、本件抗告は結局理由があるものというべく、刑事訴訟法第四二六条第二項前段により原決定中保証金没取に関する部分を取り消し、更に同条項後段に従い本件保証金中二〇万円(現金納付にかかる金一五万円及び弁護人の差し出した保証書中金五万円に関する分)を没取することとして、主文のように決定する。

(遠藤 吉田信 大平)

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